『須賀敦子の旅路』
『須賀敦子の旅路 ミラノ・ヴェネツィア・ローマ、そして東京』 大竹昭子 著 文春文庫
たまたま手に取った本が読みやすかった。スッキリとした文でありながら印象的で惹き込まれてしまう。須賀敦子はそんな文章を書く作家だ。
しかし、自分が須賀敦子を知ったのは2000年を越えてからだった。割とすぐに1998年に亡くなっていたことを知ってがっかりしたが、その時点ではさほど有名な作家とも思っていなかったし、今に至るまで読み続けることになるとは考えていなかった。
だから、何かの用事のついでに実家に帰った時に、つけっぱなしになっていたテレビから須賀敦子のドキュメンタリー番組が流されていて驚いた。意外と有名な作家だったのか? と。
有名であるかどうかは微妙かもしれないが、この作家に惹かれる読者は少なくないようで、その辺を出版業界も感じ取っているようだ。それは、この本の冒頭に「はじめに」と題され書かれた文からも窺われる。
最初の著作が出たのが六十一歳で、六十九歳のときにはもうこの世を去っていた。作家活動は十年にも満たず、生前に出た本も五冊とわずかな数である。にもかかわらず、没後には書簡や日記や詳細な年譜などを収めた全集九巻が刊行された。
前代未聞の出来事と言えるが、それは作品のなかにこの人はいったいどういう人だろうと想像させるものが潜んでいるからであり、人物への関心なくしては考えられないであろう。
やはり、「前代未聞」と評される扱いのようだ。比較的新しい作家であるにも関わらず関連書籍が多いし、企画展が行われたりもしたらしい。
そして、松山巖 著『須賀敦子の方へ』の記事にも書いたが、没後20年の年だった2018年前後にも須賀敦子関連の出版が複数あったようである。
著者の大竹氏は、文芸誌のロングインタビューをきっかけに須賀敦子本人と知り合い、亡くなるまで親しい関係だったようだ。
それにしても、須賀敦子の他界後、2000年から2001年にかけてイタリアを訪問し関わった人々に話を聞いてまわった上、3冊の本に纏めて出版したというのは尋常ではない。取りも直さず、そこまでの行動を他者に起こさせるような何かを須賀敦子という作家は秘めていたのだろう。
松山巖氏の『須賀敦子の方へ』はどちらかといえば子供のころから戦中戦後、さらにイタリアへと渡るまでの、須賀敦子の成長過程を追う内容がメインだったが、この大竹氏の評伝は須賀氏のイタリアでの足跡や帰国後の東京での活動が詳細に記されている。
須賀敦子という作家を慕った2人がともに2018年に出した本。両方を“積読”していたわけであるが、揃えて読むことができて、かえってよかった気がする。